本物の手打ち讃岐うどんを全国のご家庭でも味わって頂きたく半生うどんに加え、打ち立ての本生うどんも数量限定で取り扱っております。ぜひ、ご賞味下さい!

ごあいさつ

店内いらっしゃい! 何しましょ?
ゆがきたてをお出ししますので、ちょっと待ってくださいね、

麺は細めでシコシコ。出汁はカツオ、アジ、サバ、ウルメ、コンブ。
「太麺+イリコ出汁」の讃岐うどんのイメージとはちょっと違うかもしれません。

のど越しを楽しむなら「ぶっかけ」「温玉おろし」。
名物は「チャンポンうどん」。
夏はたっぷりの具材で精をつけ、冬はショウガ入りあんかけ出汁で温まってください。

母の実家は、ざるうどんの老舗「川福」。弟子入りしていた父と出会い、高松市内に構えた店が「うどん棒本店」です。
ぼくが生まれたのは、うどんのおかげ。
高校卒業後、大阪のホテルで和食の料理人として6年間修行。高松に戻り、父をサポートしながら独立をめざしていました。

大阪進出のきっかけは、難波高島屋での物産展です。

「おいしかったわ」。
お客さんの歓声、笑顔がうれしかった。「大阪にも店があれば……」という電話までいただいて。

決意は固まりましたが、父はNO。「お前には、まだ早い」。
1人で準備を進めましたが、十分に資金がない。
父に頭を下げ、平成15年(2004)に開店しました。


キリッと締まったぶっかけ、
アツアツの釜玉……。

うどんには、それぞれの適温がある。
人間も温度が大事。スタッフは、熱いハートの持ち主ばかり。
魂を込めて作り、愛情を持ってサービスしています。

さ、お待たせしました! ごゆっくりどうぞ。
店内

さぬきうどん用小麦「さぬきの夢」

こだわり


「さぬきの夢」は、香川県農業試験場がさぬきうどんのために開発した、本県のオリジナル小麦品種の総称です。
「地元の小麦で、さぬきうどんを作りたい。」、
「そのうどんを食べたい。」という県内うどん業界やうどん愛好家の熱い思いをかなえてくれました。


●県産うどん用小麦「さぬきの夢2000」の開発

昭和40年後半、県内の麦生産が激減し、さぬきうどんに使用される小麦が、日本めん用に開発されたオーストラリア産小麦(ASW)にとって代わられてました。
このような状況の中、昭和60年ごろから、香川県の小麦でさぬきうどんを食べたいという県民の声が聞こえてっくるようになり、県内うどん業界は、県に対してASWに負けない県産小麦の開発を強く要望しました。

県では、こうした要望を受け、平成3年に農業試験場に置いて、さぬきうどん用小麦新品種の開発をスタートし、県内のうどん業界をあげての協力体制のもと、平成12年には、初のうどん用小麦品種「さぬきの夢2000」が誕生しました、
「さぬきの夢2000」は、これまでの国産小麦にはないような、うどんにした時の色の良さとつるつる感があり、さぬきうどんのブランド化や生産拡大に一定の製菓を上げることができました。


●「さぬきの夢2000」の誕生

農業試験場では、「さぬきの夢2000」の開発後も、「さぬきの夢2000」を上回る小麦新品種の開発に取り組んできました、そして、絞りこまれた2つの後継品種候補について、平成21年に、現地で大規模な施策を行い、栽培適性や工場段階での製粉・製麺適性、うどん店での試作や県民1,800人にも及ぶ試食アンケート調査等を実施しました。
その結果、生産性や製麺適性に優れ、うどん店や消費者アンケート調査等で評価が高かった1候補を後継品種として決定し、新たに「さぬきの夢2009」が誕生しました。
品種名は、「さぬきの夢2000」を受け継ぎ、品種登録出願年である2009年をつけることとして、香川県知事が命名したもので、「さぬきの夢」には、さぬきうどんに適する県独自の小麦を減量としたうどんをさらに広げたいという関係者の夢を叶えるという意味が込められています。


●「さぬきの夢2009」の特長

「さぬきの夢2009」のうどんは、「さぬきの夢2000」のモチモチとした食感とのどごしの良さを継承しつつ、色、コシ、風味を更に向上させてたものと言えます。
また、穂が大きいので、収穫が上がりやすいのも特長です。


●「さぬきの夢」ブランド化

県内のうどん関係業界では、県産小麦を用いたさぬきうどんのブランド化を進めるため、香川県がさぬきうどん向けに開発しためん用小麦を用いた小麦粉及びうどんの総称を「さぬきの夢」の名称でPRしており、消費者に喜ばれるよう、日々おいしいうどん作りに取り組んでいます。

さぬきの夢
香川県ホームページ
http://www.pref.kagawa.lg.jp/menpaku/

(株)ホーコク製粉
http://www.houkoku.co.jp/

うどん棒

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十河 隆一郎
1974年9月15日
香川県高松市で生まれる。
高校卒業後大阪で5年間
和食の修業。
23才で地元「高松」に戻り、
父親の店でうどんを修業。
29才で大阪梅田に独立開業。